コンセプト 「凛として愛らしく」 梅づくし旅館をつくる
大分県日田市大山町は、「梅栗植えてハワイへ行こう」を合言葉に農家さんがせっせと梅と栗を植え、商品にして本当にハワイにまで行った6次化の魁のようなところです。旧大山町の第三セクターの施設が平成28年にJR九州グループとなったことを期にこのプロジェクトは始まりました。
日田市大山町は福岡から車で1時間半ほどの好立地にあります。このアクセスを生かしつつ、地域の価値の再認識に努め、観光促進としてのランドマークになることをプロジェクトのミッションとしました。
梅が咲き誇る梅の郷、雄々しい響渓谷がこの館を包み込むようにそびえ立ち、朝もやがその渓谷を覆う景色は、中国の水墨画のような風情を醸しだします。この景勝地を奥日田温泉と名付け、旅館の名称を「うめひびき」としました。厳寒の冬の中、梅は春に先駆けて咲く強くも可愛らしい花です。その梅のように「凛として愛らしく」をコンセプトに、健やかで美しい空間を心がけ、建築、インテリア、サイン、建具、カラン、料理、器、館内着、制服、小さな備品に至るまで「梅」をモチーフにし、「梅づくし」と呼ぶにふさわしい温泉旅館にしました。
また、この施設の特異性は、生産から宿泊までの多機能性を兼ね備えていることです。梅の農家さんとともに梅の生産から梅酒などの商品開発、販売、そして宿泊施設を併設、それらを「梅」というシンプルなコンテンツで一気通貫させることで、強く明快なトータルブランディングを行うことができました。
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設計プラン 高品質化による収益向上と顧客目線の設計
事業プランに基づいた設計計画としては、既存棟改修として客室の増設と新たな顧客開拓のための高単価客室の新築、料理屋の改修、温泉大浴場の施設改修、アプローチや造園などのランドスケープの修景を行うことで、デザインとオペレーションの高品質化を目標とし、またフリーエリアとして、梅酒の生産と販売施設、日帰り客利用の大浴場など幅広いニーズを想定した配置やゾーニング計画により、それぞれのエリアでの収益性を高めることとしました。
この館の難点は動線がとても長いことでした。響渓谷の際に立つ既存棟の端にある温泉大浴場と新館客室までの距離はおよそ160m。この距離を退屈ではなく満足に変えることが課題となりました。160mの間に、幼児連れで楽しめるキッズスペース、フィットネスルーム、ピローギャラリー、喫煙室、梅酒ギャラリー、奥日田物語の行灯のある回廊、鮎と梅の養生食をテーマにした料理屋、ひびき渓谷を眼前に眺めるあさもやカフェテラス、梅酒を揃えたバーラウンジ、既存棟と新館をつなぐ赤い太鼓橋を配することで、お客様の歩く長さを楽しみの時間に変えることができました。
そして、温泉旅館の大事な要素は温泉です。旅館の高品質化は水周りに表現されます。大浴場には、あさもやを見るための寝湯を新設したり、既存棟には、客室露天風呂を加えたり、新館にはよりプライベートスパの充実を図るため、ジャクソン製のジャグジー内風呂と循環濾過式の露天風呂を設置しました。水回りの高級化は女性のお客様の満足度を上げる要素です。温泉旅館の評価は女性で決まると言っても過言ではありませんので、女性目線の設計であることは大変必要なことであると思います。
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新館設計主旨 郷土の力を生かしてオンリーワンを目指す
日田は天領地であったことから、江戸風の町並みが見られ漆喰とねずみ色を主体とした大壁の外壁と大振りの切妻屋根が特徴です。また鏝絵をもつ町家も数多くありすぐれた左官が多くいたことがわかります。
そこで、新館は「梅」をテーマにした土壁の外壁を最大の特徴としました。左官は、日田在住の原田進氏に依頼しました。
「うめひびき」をイメージした梅とあさもやが空に舞うデザインをおこし、そのまま壁に原寸で転写してもらいました。館のテーマカラーである梅の赤を弁柄と顔料で調整してもらい、壁に埋め込まれた山田脩二氏の小端瓦の隙間を埋めていくという精密な仕事でした。仕上がった壁に原田氏の庭で摘んだ松葉を合わせてつくった刷毛で掻き落としをし、柔らかな表情を作り出しました。全国から集まった総勢18人の左官チームが一斉に足場で仕上げる様は見事でした。梅の土壁を左右に持つ廊下の雪見障子は上げ下げすることで、日田天領地を意識した江戸風の市松模様となり、外壁の弁柄壁と相まって大胆で効果的な意匠となりました。
この外壁に代表される凜としたイメージは室内にも反映され、漆喰と和紙の白と瓦の燻した黒とで構成されています。響渓谷を一望する客室には、梅と清流を描いた和紙素材の3D絵巻を収めた流水文様の格子が一面に配され凜とした空間になりました。また、日田は家具の産地でもあるので、室内の家具は日田の家具メーカーを訪ねお願いしました。照明も薄い杉板を使った日田行灯を各所に用いています。このように郷土の力を駆使してここにしかないオンリーワンの旅館を設計することが、高品質化と強いブランディングにつながっていきます。
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ロゴとマーク コンセプトを可視化し伝達するもの
「うめひびき」という館名は、言葉としてコンセプトを伝達し、ロゴとマークは、より簡潔にコンセプトを可視化するものとして、とても大事なものです。
ロゴは朝もやが山の端に沿ってゆったりと波のようにつながり響きわたる様をイメージし、マークは、朝もやに咲く梅の花の愛らしさをそのままに表現しました。
そして、うめづくし温泉旅館として、どこに居ても梅を連想できるように、館内のエリア名や室名も、全て実梅の名前と梅にちなんだアイコンにしました。
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